沁みる映画『生きる LIVING』atおうちシネマ

黒澤映画『生きる』のリメイク版として2022年イギリスで制作された『生きる LIVING』。
2023年アカデミー賞に、主演男優賞(ビル・ナイ)・脚色賞(カズオ・イシグロ)がノミネートされたりと話題となった映画だ。
元となるのが黒澤明作品ということもあり、いままで様々な方々による論評が出ており、そのすべてが「なるほど」と頷く深いものだ。
原作に感銘を受けている人が観ると、こう映るんだなということがよくわかる。
私は原作を20年以上前にスカパーだったか、レンタルだったかで観て、うっすらとしか覚えていない不届き者だったので、この機会に原作『生きる』とリメイク『生きる LIVING』両方を見ることにした。
今回はリメイク版『生きる LIVING』について思ったことを書いてみようと思う。

映画note 『生きる LIVING』

監督  オリヴァー・ハーマナス

脚本  カズオ・イシグロ

出演  ビル・ナイ (ロドニー・ウィリアムズ)
    エイミー・ルー・ウッド (マーガレット・ハリス)
    アレックス・シャープ (ピーター・ウェイクリング)
    トム・バーク (サザーランド)

制作  2022年 イギリス

あらすじ

1953年イギリス・ロンドン。市役所市民課の課長ロドニー・ウィリアムズは、面倒な事には手を出さず事務処理を淡々とこなす毎日を送っていた。
そんなある日、役所を早退して行った病院で医師から、自分の体が癌に侵され、余命半年から長くても9か月であるとこを告げられる。
ショックが大きく動揺していたウィリアムズは、そのことを同居する息子夫婦に言えずにいた。
翌日ウィリアムズは役所を無断欠勤し、貯金を半分下ろして海辺の町ボーンマスに降り立つ。
そこで出会ったサザーランドに自分の余命が幾ばくもない話をし、夜の街を案内してもらい羽目を外すが、それがウィリアムズにとって癒しとなることはなかった。
ロンドンに戻っても無断欠勤を重ね街をウロウロしていたところ、転職した元部下のマーガレットにたまたま出会う。
マーガレットの明るく生き生きした姿に、自分がなくしてしまったものを思い出す。
そしてウィリアムズは、再び生きるために動き出す。

刺さる映画『生きる』 沁みる映画『生きる LIVING』

脚本を担当したカズオ・イシグロは、黒澤映画の『生きる』を10代の頃観て衝撃を受けたと言っていた。
黒澤映画でありながら、人々の日常を描いていることから、『生きる』に小津安二郎みも感じたらしい。
小津安二郎が『生きる』のメガホンを取っていたなら主人公の渡辺を演じるのは笠智衆であろう、イギリスでリメイクするとしたら笠智衆の雰囲気を出せるビル・ナイだ、と考えていたそうだ。

オリジナルの黒澤版『生きる』は、主人公の渡辺が主人公然としていない。
書類にサインをするだけの仕事に情熱を持つでもなく淡々とこなす日々。
自分の本当の病気を察しみっともないまでに動揺する姿。
さらに家族にも邪険に扱われ縮こまっている。
主人公なのにモブキャラのようにみえるからか、渡辺の姿がより憐れに思える。
が、渡辺はある日をきっかけに『生きる』ために残りの命の炎を燃やすようになる。
渡辺が歌う『ゴンドラの唄』は、一見静かでしっとりとしているが、内側では激情が溢れかえっているような、観ているこちらもむせび泣きたくなるような心にガツンとくる感じがする。
主人公然としていなかった主人公が最後には、ものすごい存在感を放つ。

それに対し『生きる LIVING』は、主人公のウィリアムズはシュッとした佇まいで最初の登場シーンから主人公感がある。
仕事に情熱は持っておらず、余命宣告を受けて動揺はするが見ていて憐れになるほどではない。
息子の妻はウィリアムズのことを疎ましく思っているが、息子本人は決して父のことを嫌ってはいないので、息子にまで邪険にされる渡辺のほうがみじめさが際立っている。
ウィリアムズが歌うのはスコットランド民謡の『ナナカマドの木』(原題『The Roman Tree』)で、悲しみというより郷愁のほうが強く出ているように思う。
映画全体をみても、スマートでしみじみとした印象を受ける。

映像の雰囲気も違う。
『生きる』は、モノクロでコントラストが高めのいわゆる硬い画質で、ゴツゴツした泥臭さが表現されているのに対し、
『生きる LIVING』は、イギリス映画の多くがそうであるように重厚でシックな映像になっている。

表現力に自信のない私が言って伝わるかはわからないが、
黒澤版『生きる』は心に刺さる映画で、イギリス版『生きる LIVING』は心にしみる映画だと感じた。
作る人々が違うとこんなにも違って見えるものなのだな。

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存在感のあるストーリーテラー ピーター・ウェイクリング

『生きる LIVING』では新人公務員のピーター・ウェイクリング(アレックス・シャープ)がストーリーテラーとして登場する。
やる気と希望に満ちていて、主人公のウィリアムズとは真逆の人間だ。
若く善良で仕事にも希望を持ってやる気に溢れたウェイクリングが語り部としていなければ、もっと重たい沈んだ雰囲気の映画になっていたのではないだろうか。
この映画に明るさや温かさをもたらした人物として、マーガレット・ハリス(エイミー・ルー・ウッド)の功績が大きいことはいうまでもないが。

ウィリアムズが生きる意欲を取り戻すきっかけとなった、いわばキーパーソンがマーガレットならば、
ウィリアムズがかつては持っていた、でも今はなくしてしまったものを持っているものとして出てくるのがウェイクリングだ。
ウェイクリングは観ている人に、若かった頃のウィリアムズを想像させる重要なファクターだ。
彼は、映画のストーリーテラーであり、過去のウィリアムズを思い起こさせる人物であり、未来の象徴である、大きな存在なのだ。

イギリス映画の映像の美しさはどこからくるのか

前項でも触れたが、イギリス映画の映像に重厚さと品の良さを感じることが多い。本作も然り。
なぜなのか…。

映像には詳しくないし、映画もこうして勝手に語ってはいるが評論家になれるような知識を持っているわけではないので、勝手な解釈で許してほしいのだが、
イギリスという国の気候風土と、歴史的建造物を撮影に使えることが一つの要因ではないかと考えている。

イギリスの気候というと、中学の社会科で習った西岸海洋性気候を思い出す。
たしか近くを流れる暖流と偏西風の影響で、高緯度のわりに比較的温暖だということだったと思う。
イギリス・ロンドンの緯度は北緯51°。日本は札幌で北緯43°なので日本より高緯度なのにイギリスのほうが北海道より寒いというイメージはない。
とはいえ冬はそれなりに寒いんだろう。そして夏は蒸し暑い日本に比べたら過ごしやすいのではないだろうか。
だから太陽がギラギラと照りつけるというより日差しは柔らかく、曇りの日も割と多いのでまわりの風景がコントラストの低い柔らかい画質になるのかもしれない。

そしてもう一つの歴史的建造物を撮影に使っている件。
いままで観てきたイギリス映画でも時々、歴史ある大学や貴族の館で撮影されているものがあった。
それらは庭にしても室内にしても、「本物の凄み」のようなものを画面越しにも感じることが出来る。

以上のような気候風土と歴史的建造物のある風景が、イギリス映画に独特の深みとノーブルな雰囲気を纏わせているのかもしれない。

『生きる』と『生きる LIVING』、それぞれ違う魅力を味わえる

先述のように『生きる LIVING』は、黒澤映画の『生きる』のリメイクではあるが、醸し出す雰囲気はかなり違う。
原作を深く知る人からしたら完全な別物に見えるかもしれない。
違っていいんだろう。

このように原作とリメイクがある作品の場合、どこが違うか、この場面はこっちのほうがいいな、全体のトーンはこっちのほうが好みだな、などと比べながら見るのも楽しいかもしれない。

そして「やはり原作のほうが好き」、「イギリス版のほうが観やすくて良い」、「違うけど両方気に入った」など自分の好みを見つけておうちシネマライフを満喫したい。

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